『後日改めて伺います』- PEDRO、無期限活動休止前のフィナーレを飾るアルバム

ディスクレビュー

BiSHのアユニ・DによるソロプロジェクトPEDROが、先月11月17日に3rdフルアルバム『後日改めて伺います』をリリースした。

PEDRO無期限活動休止前ラストのアルバムとなる今作は、収録曲10曲全てがアユニの手で作詞・作曲された意欲作だ。

前作の2ndフルアルバム『浪漫』は言わずもがな名盤だったのだけれど、その感動を超えてくるほどに、最高の詰まったアルバムを作ってくれたなー、と。

そんなわけでPEDROの門出を祝して『後日改めて伺います』の全曲レビューを書いていく。

『後日改めて伺います』全曲レビュー

エモーショナルでどこか儚さを帯びたサウンドに乗せて、《大変な未来しかないわけないだろう/きっとそうだろう》と未来を前向きに見据えて歌う。これはオーディション合格後にすぐさま学校を辞めて上京し、血の滲むほどの努力を続け、酸いも甘いも経験してきたアユニ・Dだからこそ綴れる言葉であろう。

BiSHとの同時並行でPEDROの活動を開始し、今まで以上に多くの大人との関わりも増えていく中で、上京当時は人に対してどこか退廃的で真正面から向き合うのが苦手だった彼女は人との向き合い方を変化させ、「人」として着々と成長を遂げていった。曲名通り、人肌を感じるような人情味溢れる優しさの詰まった曲だ。

魔法

一歩一歩、大地を踏みしめる足音を彷彿とさせるドラムのビートがどっしりと刻まれる中、《あくびをしているあなたの開いた口に/入れる人差し指 噛まないでね》など、アユニ節の効いたフレーズが躍動している。

サビで《あなたは死なないわ/不安にならないで》という母の温もりに近しい暖かな言葉を受け止めるのは、《私が魔法で守るもの》という言葉。ここでも非常にアユニ節が効いているな、と思う。アユニは一人の無垢な少女から「人」として成長を重ねてきた現在でも、”魔法”なんていう大それた力の可能性を信じている。彼女の心の奥底にはいつまでも、少年のような探究心が宿っているのだ。

そういったブレない軸を持っているところが、私たちが彼女に好感を抱き、時に共感してしまう要因なのではないだろうか。アユニの卓越したワードセンスが魔法のようにキラキラと輝いて、聴くたびに心をギュッと掴まれる一曲。

吸って、吐いて

吸って、吐いて。呼吸の基礎となる行為をタイトルに冠した楽曲。疾走感溢れるムードを帯びながら進んでいく曲の中で、《歪んだギターに酔っていたい》とPEDROの活動を通じてアユニ自身が募らせていったバンドの音楽への想いを滲ませる。

サビで《こわい思いしたくないの》《どこか遠く行きたいよ》と逃避行的な言葉を繰り返すのが印象的だが、楽曲の肝と呼べるのは、大サビだと思う。歌を届ける対象が《こわい思いしてほしくない》《どこか遠くへ行こうよ》といった調子で、自分自身のみならず他者を巻き込んだ形に変化しているのだ。これは、数年間のPEDROの活動を通してアユニ本人が音楽で表現したいことがそのまま変化してきた証なのではないだろうか。

PEDROの音楽が、過去の自分のように燻る人々にとっての拠り所となってほしい。そんな想いが疾走感に満ちたバンドサウンドから伝わってくる。感情の篭った歌声が、先頭に立って堂々と私たちを牽引してくれる。

ぶきっちょ

ぶきっちょ、すなわち不器用。この「ぶきっちょ」という表現こそがアユニらしく、アユニを形容し得る最適な言葉なのかもしれない。

ぶきっちょでも、自分らしく生きていける。ぶきっちょなりに、他人に与えられることがある。《ぶきっちょなままでいい》そうサビで歌うことができるのは、ぶきっちょなりにPEDROの活動を続けて日々進化を遂げてきたアユニ自身が、これまでの自分の成長を確信し、他人の心を突き動かすバンドマンとして確かな自信を身につけた結果なのだと思う。

死ぬ時も笑っていたいのよ

ずっしりと重みのあるベースライン、ひさ子のエレキギターが放つシャープなカッティング、毛利による正確無比なドラミングと、各々のパートが主張し合うアンサンブルが続く中、初期のPEDRO楽曲を彷彿とさせるような激情を歌っている。曲名から既に想像はついていたのだが、初めて一曲通しで聴いた時はその男気溢れるバンドサウンドと強烈な歌詞に卒倒しそうになった。

《私にはこれしかないの》《死ぬ時も笑ってたいのよ》と激情マシマシの歌声で歌うアユニの男気に勝る女性ボーカリストは、現代の音楽シーンにおいて存在しないのでは。

安眠

安らかに眠ると書いて、安眠。就寝前に聴けばまさしく安らかに眠りに就けてしまいそうな、耳によく馴染むミディアムテンポの音色が日常の原色風景に溶けていく。1曲前の『死ぬ時も笑っていたいのよ』で激情を歌っていることもあり、そこから本楽曲特有の温かみのある音像に繋がれる様は、例えるならばジェットコースターのようだ。

《好きも嫌いも よいも悪いも 敵も味方も/いっそのこと全てを抱いて》。こんな気持ちで眠りに就けたのなら、悪夢を見てうなされることも金縛りにあうこともきっとないだろう。アユニは私たちが穏やかに過ごせるよう、音楽を通じて救いの手を差し伸べてくれているのではないだろうか。

いっそ僕の知らない世界の道端でのたれ死んでください

『死ぬ時も笑っていたいのよ』と似通った匂いを感じる狂気満載な曲名に、好奇心をくすぐられる。

『安眠』の後に『いっそ僕の知らない世界の道端でのたれ死んでください』というタイトル。あまりに振れ幅が大きすぎるものだから、アユニの脳内を一度覗いてみたいとさえ思ってしまう。どのような思考から、こうした曲名が湧き上がってくるのだろうか。

いざ再生してみると、狂気じみた曲名からは想像もつかないクリアで爽やかなギターリフの導入、伸びやかで開放感に満ちたアユニの歌声が際立つ。サビで一言一言を噛み締めて《いっそ僕の知らない世界の道端でのたれ死んでください》と言い放つ様からは、過去のアユニ自身に決別を告げるかのような、そんな潔さを感じる。

万々歳

タイトに脈打つドラムにBPMの高いメロディーライン。己の力を信じて窮屈な世界を邁進し、肩で風を切っていくかのような気迫が入魂されている。

「《高速で変わっていく世界の中で》生きる私たちにも、ブレずに留めておける何かは必ずあるはず」。そう信じてやまない人々は現代に溢れかえっているが、それを口に出せない人が大多数を占めているのがリアルだ。そんな現代社会の窮屈さを俯瞰し、《変わらない何かが僕らの中にあるさ》とアユニ自身の言葉で高らかに言い放ってくれている。

PEDRO始動初期のアユニ・Dに、これほどの頼りがいがあっただろうか。戦友・田淵ひさ子、毛利匠太と共に戦い抜いてきた数年間が血肉となり、プールサイダーを牽引する統率者としての素質を高めてきたのだと感じる。

おバカね

タイトルの「おバカね」に込められているのは、世の中に対する皮肉というよりかは、何気ない日常を大事に守り抜きたいという想い。「おバカね」と笑える日常を過ごせる世界こそ至高で、閉塞感に苛まれた現代で誰もが望む在り方。嫌なことだらけの世界すらもロックンロールの力でねじ伏せ、鮮やかに彩ることができるのだと、アユニは信じている。

2サビの《おやすみなさい、また会いましょう》という一節は、無期限の別れを惜しむPEDROファン泣かせのフレーズなのでは。フロアで涙を見せながら手を振りかざし続けるオーディエンスの姿が想像できる。

雪の街

シューゲイズなギターサウンドがあちこちで鳴り、冷え切った心の奥底にまで響いてきそうな『雪の街』は、故郷・北海道に想いを馳せて書いた曲。

雪の降り積もる街で生まれ育ったアユニは、冬の情景に誰よりもノスタルジーを感じている。《そっちは変わりないですか》《楽しく生きてね》と手紙に文を綴るように歌うアユニの歌声には、儚さと逞しさが同時に内包されていて、冬景色を歌っているのにもかかわらず何だか体全身がポカポカしてくる。

アユニの出生からPEDROプロジェクト閉幕までの心象風景を辿れる、まさしくアルバムのラストを飾るに相応しい楽曲と言い切れるのではないだろうか。

PEDRO 横浜アリーナ単独公演『さすらい』

10月20日より開催されたPEDRO最後のツアー『SAYONARA BABY PLANET TOUR』も、12月13日の岩手公演をもって全公演終了。残すライブはいよいよ横浜アリーナでの単独公演『さすらい』のみとなった。

アユニ・D、田淵ひさ子、毛利匠太3人による、伝説として語り継がれるであろう無期限活動休止前最後のパフォーマンスをしっかりとこの目に焼き付け、ぶきっちょに感想を綴りたい。

※PEDROのライブレポート更新しました→PEDRO「さすらい」ライブレポート

最後に

というわけで、PEDRO無期限活動休止前ラストとなるアルバム『後日改めて伺います』の収録曲について1曲ずつ振り返ってみた。アユニが全曲作詞・作曲を務めたこともあって、アユニの表現したい感情すべてがぶつかり合うことなく緻密に絡み合い、舞い踊るような1枚に仕上がっている。

PEDROの無期限活動休止はあまりにショックすぎて、正直まだ受け入れられていない部分もある。けれどいつまでも現実から目を背けていても仕方がないし、とりあえず今は目前に迫った横浜アリーナ単独の『さすらい』を楽しみに待ち構えておくとしよう。

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