【ライブレポート】クレナズム×あたらよ |”明けてしまうのが惜しい夜”を演出した3色の音世界

ライブレポート

私利私欲が渦巻く混沌とした渋谷シティに伸びる急なスペイン坂を、PARCO方面に登った先にある最大キャパ500人のライブハウス「渋谷WWW」。本日2月24日、福岡発4人組バンド”クレナズム”と”あたらよ”のツーマンイベントが、この「渋谷WWW」にて行われた。O.A.に女性シンガーソングライター”詩音”を迎え、本ライブの序幕を華やかな歌声で飾りつけた。

本公演のトリを務めたクレナズムは、昨年12月に完走した『ワンマンツアー2021〜本州を通りもん〜』以降さらにライブバンドとして成長を遂げた姿を、フロアを埋め尽くす観客の前で堂々と証明していた。

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まえがき

すっかり日が落ち、両手の指先が悴む肌寒さの中で「渋谷WWW」への入場を待つライブ参加者たち。整理番号は5番区切りに呼ばれ、入場口に入ると下り階段が続いており、その階段に沿って列を成して待機する。列に並び自らの番号が呼ばれるのを待っている時間は、まるで某夢の国のアトラクション待ちの時間に等しくそわそわ感が止まらなくなる。

該当の番号が呼ばれるとチケット画面を見せた後に検温を済ませ、ドリンクチケットを購入するのだが、ドリンクチケット購入窓口でお目当てのバンドを告げる瞬間がたまらなく好きだ。物販ブースやコインロッカーが点在する広々空間に足を踏み入れ、まずはドリンクチケットを好みのアルコールと引き換える作業を完了させる。今日は手荷物が大きかったのでコインロッカーの利用は諦め、数段の階段を降りた先にあるライブフロアへと足を踏み入れた。第一感で選んだ客席エリア内端の方の立ち位置で、O.A.が始まるその瞬間を静かに待った。

詩音(O.A.)

19時の約15分前。本公演のO.A.を務める詩音が真っ白な衣装を身に纏いステージに姿を現す。5分間ほどのチューニングを終えてステージとの相性を確認し、場内の照明が落ちるとともに1曲目を披露する。温かみのあるオレンジライトが詩音を真上から照らし、弾き語りシンガー特有の哀愁を醸し出していた。抑揚がかった歌唱で、彼女の内に秘めた感情を観客一人ひとりに丁寧に共有していく。

1曲目を終えると先ほどまでの哀愁漂うライティングとは趣を変え、今度はステージ全体が暖色のライトで晴々しく照らされる。アコギのボディ部分を右手で優しくコツコツ叩いてリズムを取りながら、《9%の酔いで君を忘れられたら》と深夜、街灯に照らされるコンビニ前での風景を想起させる切なげなサウンドスケープを繰り広げた。続く3曲目ではまたしてもステージ演出の趣が変わり、青色と桃色が交錯するライティングでステージが鮮やかな色に染まっていく。切なさというよりは力強さが表立った伸び伸びとした歌声が、鮮やかに彩られたステージ上で投下される。自然に転調してドラマチックなスパートをかける大サビでは、1人のシンガーソングライターとしての存在証明をこのステージでしっかり果たしてやる、といった気概が感じられた。

「次の曲で私の番は最後になります」とMC。1種類だけ物販用に持ってきたという5曲入りミニアルバム『甘い涙』の告知を済ませ、サブスクで自身の楽曲が聴けることを観客に伝える詩音。「(調べると)私以外にも色んな”詩音”が出てくるんですけど。その中から(自分の顔を指差しながら)コレっぽいの探してください笑」と微笑を浮かべながら語っていたのが印象的で、彼女の独特なシンガーソングライター像が垣間見えるMCであった。

「これからも(今日のライブを)楽しんでいってください。詩音でした」ーー。O.A.の終わりを告げて一筋の明るい白色ライトに照らされる中披露したラストナンバーで、詩音は自身の持ち味を思う存分に発揮する。ベースのグルーヴをアコギ演奏のみで表現するテクニックや歯切れの良いカッティング、加えて22歳の等身大の感情が内包された切なく力強い歌声で、本ライブで初めて彼女のステージを見たであろう観客をも虜にしていた。

陽だまりのような暖かさを感じさせ、時に力強さを押し出す表現力に富んだ歌声。リアルな恋愛模様を等身大の言葉で綴るソングライティング。詩音の持つそれらの魅力は、おおよそ20分間という限られたO.A.の時間内で確かに伝わっていたのではないだろうか。O.A.を任されたことへの感謝を示すかのように客席に向けて深々とお辞儀をする様子が印象的で、「もう一度その歌声を聴きたい」と素直に思わせてくれた。

あたらよ

O.A.を務めた詩音がステージを後にした約10分後、”あたらよ”の4人がオンステージ。ひとみ(Vo.)が片手を挙げるのを合図に演奏をスタートさせた1曲目は、今やバンドの代名詞となった失恋ソング『10月無口な君を忘れる』。ひとみを真上から照らすオレンジ色のライトが、グルーヴィーでクールなリズム隊のコントラストとして輝きを放ち、エモーショナルな音世界に溶け込んでいた。琴線に触れるような、まーしー(Gt.)の繊細な指使いで奏でるギターリフもまた楽曲の内包する切なさを底上げしていく。《ぜんぶ君のせいだ》と痛々しく放つフレーズ後に迎えた数秒の空白直後、大サビに繋ぐたなぱい(Dr.)のフィルが跳ね上がるように躍動し、どこまでも切ない失恋ストーリーの行く末を予感させた。

ひとみが手拍子を煽りスタートした『晴るる』では、観客の手拍子を讃えるかのようにステージ頭上で色とりどりな照明がチカチカと光る。ひとみの透き通った歌声とまーしー(Gt.)の男声コーラスの重なり合いで生まれた奥行きのあるボーカルが、フロアの隅々まで行き届く感覚を肌で感じた。ここで一度MCへ移行するとひとみが口を開き、今日のライブがあたらよにとってすごく久しぶりであることを語り出す。まーしーに適宜マイクを渡しつつ、楽曲制作に追われ新曲の練習にも勢力的に取り組んだ2ヶ月間を振り返り、「いっぱい練習した新曲を楽しみにしていてほしい」と観客に投げかけた。

アコギの繊細な音色とベースラインの織りなすグルーヴで切なげな心象風景を描いた『8.8』では、照明が激しく点滅するタイミングに合わせてキメがばっちり決まるなど、生演奏ならではのクールな一面を観客に見せつけていく。物憂げなムードが立ち込める中披露したのは、「純猥談」とのコラボで誕生した『知りたくなかった、失うのなら』。たけお(Ba.)とたなぱい(Dr.)が緩急のあるリズムワークを繰り広げる中で放たれるひとみの歌声は、「純猥談」で描かれた恋愛ストーリーを丁寧に辿っているようで、歌声がフロアに響く度に思わず息を飲んでしまう。

聡明なピアノの音が思い出の夏景色を蘇らせる『夏霞』を披露後、「早いもので次の楽曲が最後になります。」とMC。「ずっと自分との戦いだった」ーー。そう言い表すほどに過酷なレコーディング期間を終えてやっと迎えた久々のライブは、彼らにとってご褒美のようなものではないだろうか。「ここに来てくださった皆さんのために」ーー。観客に感謝の気持ちを表して披露した新曲はとりわけベースラインがクールな仕上がりで、5弦ベースを思うがままに操るたけおの柔軟な指使いに釘付けになってしまった。アウトロではまーしーが手拍子を煽り、《Woh oh~》と繰り返すコーラスに合わせて観客が息ぴったりに手拍子を打ち鳴らす。この一幕で醸成された一体感は、あたらよがネット音楽シーンのみならずライブシーンでも存在感を増していく未来を予感させているようだった。

最後はドラムセットを中心に向かい合い、各々やり切った表情を浮かべてステージを後にした。観客が長めに鳴らし続ける拍手は、彼女たちにとって2ヶ月ぶりとなるオンステージを盛大に称えているように感じた。”あたらよ”の辞書的な意味は、”明けてしまうのが惜しい夜”。明けてほしくない、終わってしまうには惜しいライブハウスの夜が、まさにそこにあった。

『10月無口な君を忘れる』がTik tok、YouTubeでバズを起こし、さらにはYouTubeチャンネル「THE FIRST TAKE」への出演でその名が令和の音楽シーンに急速に広まった”あたらよ”。そんな彼らが今年に入り2ヶ月間かけて制作した待望のアルバム『極夜において月は語らず』が、3月23日にリリースされる。“悲しみをたべて育つバンド”が描く新たな心象風景に、期待が膨らむばかりだ。

クレナズム

ちょうど20時頃。福岡発バンド”クレナズム”のメンバー4人がステージに姿を現し、チューニングを開始。萌映(Vo/Gt.)はマイクを通して伸びやかな歌声を放ち、けんじろう(Gt.)はさっそくディストーションの効いたギターサウンドを轟かせていく。その轟音は、クレナズムの出番がもう時期スタートすることを確かに予感させていた。時間をかけて入念にチューニングを行うのは、クレナズムのバンド像を体現するある種の”文化”として定着しているようにも思える。

10分強に及ぶチューニングが終わると、4人は一度ステージ上から捌けていく。フロア全体が暗くなると同時にSEにMy Bloody Valentineの「Only Shallow」が流れ始め、真っ黒の衣装を身に纏った4人が再びオンステージ。挨拶代わりに轟音をぶちかます楽器隊3人を背に、萌映が「渋谷WWW!よろしくお願いします!」と開幕宣言。早々に彼ら特有のサブリミナル的な轟音でフロアを満たし披露した1曲目『白い記憶』では、1分以上にわたるイントロを利用してメンバー各々がステージ上で同時多発的に舞い踊る。けんじろう(Gt.)のアクロバティックなギタープレイがハイライトで、ギターを背に担ぎながらノールックで音を歪ませる高等テクニックを披露し、観客の注目を集めていた。ドリーミーな轟音が隅々まで行き届いたフロアは、あっという間にクレナズムの作り出す音世界に染まっていく。

疾走感あふれるサウンドが観客を牽引した『ひとり残らず睨みつけて』では、上手側の天井付近で四方に光を放つミラーボールが回遊し、多数設置された青色のライトがステージを聡明に照らす。疾走感はサウンドだけでなく楽器隊による一つひとつのプレイングからも醸し出されており、サビの直前でドラムスティックを頭上に振りかざすしゅうた(Dr.)の様子からはただならぬ瞬発力が感じられた。凄まじい音圧でフロア全体を揺るがすバンドサウンドにひれ伏すことなく、萌映のハイトーンボイスは闇を振り払うがごとく真っ直ぐに突き抜けていた。本楽曲で鮮明に表れているシューゲイザーをJ-POPに昇華させた音像は、紛れもなく彼ら特有のものであり、この唯一性こそが彼らをより大きなステージへと導くトリガーとなるのだ。

「福岡のバンド、クレナズムです」と、バンドの自己紹介から始まったMC。「皆さんにとって”今日めっちゃいい日やったな”と思って貰えるようなライブにしたいと思います」ーー。方言混じりの言葉には、萌映の朗らかな人柄が滲んでいた。温かみのある暖色ライトが萌映を真上から照らしスタートした3曲目は、今年2月2日にサブスク公開された宇多田ヒカルのカバー楽曲『SAKURAドロップス』。両A面シングルの片割れ『面影』を披露するのかと思いきや、まさかの『SAKURAドロップス』披露で少々驚いた。が、そんなことはどうでも良くて、桜を彷彿とさせるピンク色の照明で染まったステージ上で浮遊感のあるグルーヴと表現力豊かなボーカルが緻密に絡み合いながら繰り広げられるストーリーテリングに、ただひたすら魅了された。”儚い恋”を主題とした恋愛物語の登場人物に聴き手自身が導かれていくような、非現実空間を錯覚させる一幕であった。

ドリーミーな轟音フィードバックの導入から始まる『花弁』、萌映の語りパートが琴線に触れる最新曲『わたしの生きる物語』を畳み掛けた後、「次で最後の曲になります」と一言。時間の都合上アンコールはなく、萌映の言葉通りにラストナンバーとなった『青を見る』では、けんじろうが弓(ゆみ)を手に取り、それをギターの弦に軽く触れさせて上下に動かし、独特な歪みを表現していく。エコーがかったボーカルも比類なき存在感を放ち、フロアを揺るがす轟音とともに幻想的なサウンドスケープを描き出していた。最後に「またライブハウスでお会いしましょう!」と萌映。4人はタイミングを揃えてお辞儀をし、観客から盛大な拍手を浴びていた。他のメンバーが顔を上げた後も、ステージ中央に立つ萌映は深々とお辞儀を続け、この日ライブを見に来てくれた観客一人ひとりに精一杯の感謝を伝えているようだった。

『白い記憶』に始まり、『青を見る』で幕を閉じるといった”安心感”をおぼえる定番の構成ではあったが、その時々に自身初のカバー楽曲『SAKURAドロップス』や最新曲『わたしの生きる物語』を挟むなど、これまでにない新鮮味も感じられるセットリストだったといえるのではないか。短いスパンでの新曲リリース、その度に新たなアプローチでリスナーの期待値を大幅に上回る彼らの動向からは一瞬たりとも目が離せないし、急にドカンと売れるタイミングがもうすぐやってきそうな気がしてならない。

セットリスト

あたらよ


M1. 10月無口な君を忘れる

M2. 晴るる

M3. 8.8

M4.「知りたくなかった、失うのなら」

M5. 夏霞

M6. 新曲(タイトル未公開)

クレナズム


M1. 白い記憶

M2. ひとり残らず睨みつけて

M3. SAKURAドロップス

M4. 花弁

M5. わたしの生きる物語

M6. 青を見る

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